2020.11.08 [CCA]
パレスチナ・イスラエル問題を市井の人々の立場で描く『オマールの父』公式インタビュー:ロイ・クリスペル(監督/プロデューサー)、シャニー・ヴェルシク(女優)

東京国際映画祭公式インタビュー 2020年11月7日
オマールの父
ロイ・クリスペル(監督/プロデューサー)
シャニー・ヴェルシク(女優)
オマールの父

©2020 TIFF

 
先天性の心臓病を抱える幼児オマールを連れて、パレスチナからイスラエルの病院にやってきたサラー。手術を行うが、オマールは亡くなってしまう。サラーは息子の亡骸とともにパレスチナに帰ろうとチェックポイントへ向かうも、突如ボーダーが閉鎖。彼は息子を入れたスポーツバッグを抱えイスラエル側でさまようことに。両国間の問題を、市井の人の視点に落とし込んだヒューマンドラマが本作だ。ロイ・クリスペル監督と監督の妻でもある主演のシャニー・ヴェルシクに話を聞いた。
 
――パレスチナにいる人がイスラエルで医療サービスを受けることは、実際には当たり前にあることなんでしょうか。
ロイ・クリスペル監督(以下、クリスペル監督):まれなことではありませんね。それは、パレスチナの環境悪化のためです。病院も機能しておらず、重病の人に対してイスラエルの医療機関が人道的配慮で手を差し伸べているという状況です。
 
――では、実際にあったエピソードをもとにされたんですか。
クリスペル監督:本作はフィクションですが、着想のきっかけになったことがあります。10年ほど前に、ある有名な写真家の展覧会を見に行ったときのこと。イスラエルとパレスチナの間にある壁の前でひとりの男性が立ちすくんでいる写真がありました。その写真のキャプションには「子どもの手術のためにイスラエルに来たが、子どもが亡くなってしまい、イスラエルからも出ることができなくなってしまった」と書かれていたんです。それがアイデアとなりました。
 
――写真のモデルとは連絡がついたんでしょうか。
クリスペル監督:写真を撮った方から直接話を聞いたところ、この写真を撮ったとき、すぐにその男性は姿を消してしまったから、写真家の方もその後どうなったかは分からなかったそうです。もしかしたら、この人を探すこと自体が、将来的にドキュメンタリーのテーマになりそうですね(笑)。
当時、私には子供がいませんでしたが、親が子供の死に直面することは、人生で本当に最悪なことです。だから、その写真の父親の姿がいっときも心から離れたことがありません。でも私は映画を作る者として、この話をドラマティックに、つまり事実よりも感情の部分というものを大事にしました。
人生というのは笑いもあれば、どん底もあり、そういういろんなものがあって成り立っているものですが、実際にその人を前にしたときに何て声をかけていいかわからない。でも、それこそが人生だと思うんですね。
 
――サラーが出会うのが、イスラエルの女性という設定はどうしてですか。
クリスペル監督:まず、サラーのさまよう道中でどういう人が彼に近づくかということを考えました。軍人はもちろん、バス停にも人がいますし、モールには大勢の人がいますから。でも、私はミリに出会って欲しかった。そのきっかけになったのは、妻でありミリを演じたシャニー・ヴェルシクです。
彼女は脚本を書いているときに、さまざまなアイデアを出し、インスピレーションを与えてくれました。自分だったらどうするか、やるかやらないかといったことを一緒に練り上げていったんです。脚本執筆には6~7年かかっているんですが、その間に3つほどのバージョンができました。
 
――ご自身でアイデアを出されたミリを演じてみてどうでした?
シャニー・ヴェルシク:とても複雑な役でしたね。実は私は以前ソーシャルワーカーとして働いていた経験があり、病院などでサラーと同様の境遇の人に会ったことがあります。そのときの感情はもちろん、私の経験からインスピレーションを受けて、サラーとの関係性を芝居で表現することができました。
クリスペル監督:彼女以上のキャスティングは考えられませんね(笑)。
 
――大きなバッグを抱えているだけで騒ぎになるような状況で、サラーが自分で遺体を運んでいたのはよくあることなんですか。
クリスペル監督:実際には病院のサポートを受けることができます。でも、彼はそれをしなかったし、できなかった。サラーの状況よく考えてみると、すごく苦労してやっとのことでイスラエルにオマールを連れてきたのに、死んでしまった。しかも、周りにはさまざまな親子が幸せそうにしているのが目に入ってしまう。すると何にも考える余裕もなくなるはずです。それで、一刻も早く家に戻してあげたいということしか彼の頭にはないんですよね。
 
――サラーがどこにも行けなくなるというのが、今年のコロナ禍において移動制限におかれた私たちとそっくりに見えます。たまたまとはいえ、このタイミングで発表したことに対してどう思ってらっしゃいますか。
クリスペル監督:本当に妙な気分ですよ。今、イスラエルでは2回目のロックダウンが始まり、再び人の出入りできなくなってしまいました。そんな時に作品を出すことができたからこそ、これをご覧になった方々は、イスラエル・パレスチナの市井の人が置かれた状況も分かってくれるんじゃないかと思うんです。
 
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
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