2020.11.08 [インタビュー]
フィリピンの大スター・パウロを汚れ役に、女子高生のサスペンスフルな体験を描く『ファン・ガール』公式インタビュー:アントワネット・ハダオネ(監督/脚本)

東京国際映画祭公式インタビュー 2020年11月5日
ファン・ガール
アントワネット・ハダオネ(監督/脚本)
ファンガール

©2020 TIFF

 
近年、多くの優れた作品を輩出しているフィリピン映画界。昨年の東京国際映画祭でも話題になった、『リリア・カンタペイ 神出鬼没』のアントワネット・ハダオネ監督の新作は、メディアが作り出す虚構の世界「セレブリティ」をテーマにした物語だ。大スター、パウロ・アヴェリーノの追っかけをしている高校生ジェーンが、彼の車に忍び込み、隠れ家にまで侵入…。ファンの妄想とセレブの素顔を同時に描いた異色作だ。
 
――パウロ・アヴェリーノさんが本人役で、しかもけっこうな汚れ役に挑んでいます。どうやって出演を説得したんですか?
アントワネット・ハダオネ監督(以下、ハダオネ監督):実はパウロは私の友人なんですよ。そういった関係性なので、まずは彼に直接、脚本を送ったんですが、たった3日間で快諾してくれました。
 
――何の躊躇もなく!?
ハダオネ監督:私自身、彼に脚本を送る前は、引き受けてくれるかどうか不安だったんですよね。でも、この作品の持つビジョンや、何を伝えたいかをすぐに理解してくれたんでしょう。ただ、ひとつだけ質問されました。「ファン・ガール役は誰がやるの?」って(笑)。その質問だけで快諾だったんですよ。
おそらく、彼は挑戦したかったんだと思いますよ。彼はロマンス映画にはたくさん出演していますけど、別のジャンルにも挑んでみたかったんでしょう。とはいえ、相当な汚れ役ですけどね(笑)。
 
――そのファン・ガール=ジェーンを演じたチャーリー・ディソンさんはどうやって選びました?
ハダオネ監督:ジェーン役は無名の俳優にやってもらうことを決めていましたので、オーディションです。パウロの熱狂的なファンとしての説得力があって、普通の女の子が共感できる新人でないといけませんからね。オーディションには680人ほど応募があり、10人まで絞り込まれたところで私が選考しました。ただ、チャーリーは第一候補ではなかったんですよ。
 
――第一候補の方は?
ハダオネ監督:撮影を始める直前に、契約上で問題が発生し、その方は降板せざるを得ませんでした。それで再度選考したときに現れたのがチャーリー。オーディション会場に入ってきた瞬間に、「彼女だ!」と直感したんです。歩き方や立ち居振る舞い、せりふ回しや笑い方、全てが私のイメージ通りでしたね。
 
――彼女の演技経験は?
ハダオネ監督:エキストラとしては出演経験があったんですが、名のある役、ましてや主演は本作が初めてでした。なので、セリフを覚えることも初めてだったから一から指導でしたね。
 
――パウロと共演することを彼女は知っていた?
ハダオネ監督:パウロありきで選考したので彼女も知っていました。パウロが出演したテレビのCMに彼女も出ていたんですけど、もちろんふたりがからむことはなかったので、とにかく当時の気持ちを忘れずファンのひとりになりきってもらいました。
例えば、「スマートフォンの待ち受け画面もパウロの写真にしなさい」と指示したり(笑)。あと、素人の感覚を失ってもらいたくなかったので、主演だけどスター扱いはゼロ。個人のテントも与えませんでしたし、普通のスタッフと同じように扱いました。
 
――そのおかげで劇中の彼女はいちファンのリアクションをしているようでした。
ハダオネ監督:相手役がベテランの俳優であるパウロですから、撮影前にはワークショップを行い、キャラクターやシーンの分析、演技指導をしました。それで分かった彼女のよいところは、“素人っぽさ”もあるのにベテラン俳優の前で怖じ気づく新人ではないところだと思いますよ。
 
――ド新人と大スターのふたりが本編のほとんどを占める作品ですから、撮影時にバランスをとるのが大変そうですね。
ハダオネ監督:チャーリーに余計なことを考えさせないために、脚本を渡さなかったんですよ。事前に暴力的なシーンや、セクシュアルなシーンがあることは伝えていましたが、その日ごとに撮るシーンの台本のコピーを毎朝渡して、新鮮な驚きのまま芝居をしてもらいました。
撮影期間は15日間。パウロのスケジュールのため当初は12日間の予定でしたが、雨季の天気待ちで15日間かかってしまったんですよね…。
 
――セレブとファンの関係を描くためにしては、このふたりの人物設定が重いようにも感じました。
ハダオネ監督:フィリピンでは娯楽=現実逃避。特にセレブにのめり込む女の子たちは、チャーリーのように家庭などに問題を抱えていることが多いんです。スクリーンの中で2時間、その世界に逃避することで自分の生活を忘れることができ、人生はすべてバラ色であると思いのめり込んでしまう。
だから、ジェーンが実際に会ったパウロは、彼女が嫌っている義父や周りの男たちとなんら変わりがないと知り、失望する。私はそこを描きたかったんですね。
 
――どうしても納得いかなかったシーンがあるんですが、最後に聞いてもいいですか? セレブがピックアップトラックを自分で運転するってシチュエーションはあり得ないような…。
ハダオネ監督:そうでもないんですよ。パウロほどのスターになるとひとりきりになれる隠れ家を持っていて、そこに行くためにはお抱えのドライバーも使わないし、高級車も使わないんですって(笑)。
 
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
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