2020.11.07 [インタビュー]
アイデンティティをめぐる葛藤は、移民なら誰にもある。私の出自“ファギョ”を描きたかったのです。『チャンケ:よそ者』公式インタビュー:チャン・チーウェイ(監督/脚本)

東京国際映画祭公式インタビュー 2020年11月4日
チャンケ:よそ者
チャン・チーウェイ(監督/脚本)
チャンケ

©2020 TIFF

 
韓国で台湾人の父、韓国人の母と暮らす高校生クァンヤン。成績優秀、性格もおだやかな彼だが、家では身体の調子が悪い父との確執に悩み、学校では外国人として見られることで疎外感に苦しむ。ダブルカルチャーを持つ移民2世の青年の苦悩を描いた青春映画だ。本作の監督チャン・チーウェイもまた、クァンヤンと同じく、台湾と韓国にルーツを持ち、同じような悩みを抱えた経験がある。そんな彼の初の長編作が本作だ。
 
――初の長編で、このテーマを選んだ理由を教えて下さい。
チャン・チーウェイ監督(以下、チャン監督):いくつかの理由がありますが、自分の経験が動機になっていることは間違いありません。私の父は台湾人、母は韓国人で、クァンヤンと同じ構成ですが、育ったのはアパルトヘイトがあった時代の南アフリカ。そんな時代の南アだったので、私は学校でのレイシズムや仲間はずれに苦しんでいました。英語やアフリカーンス語で学んでいる一方で、母語は中国語でしたしね。
海外で生まれ、人生のほとんどを海外で過ごしたので、母国の台湾はもちろん、南アフリカでも韓国でもアウトサイダー。アイデンティティをめぐる葛藤や文化的混乱は、ずっと私の中心にあったことが、この作品を考えた第一のきっかけです。
もう一つの理由としては、韓国で「ファギョ」と呼ばれている華僑が、長い間直面してきた問題や困難を描いた映画がこれまでになかったからです。政治的・歴史的な理由によって、ファギョは韓国の市民権を取得することができず、台湾政府が発行した非市民/非居住者パスポートしか持っていません。つまり、彼らは政治的孤児と言えるのです。韓国ではファギョは中国人と見なされ、台湾では韓国人と見なされます。日本人の皆さんに分かりやすく言うと、在日の問題とよく似ていますね。
 
――ご存じのとおり、日本で在日と呼ばれている朝鮮半島・中国系の人々は、いまだに問題を引きずっていますが、韓国でのファギョの問題はいつから存在するんですか?
チャン監督:ファギョの90%は中国の山東省出身で、第二次世界大戦中に朝鮮半島に来た人々。19世紀後半から20世紀前半にかけての山東省は、飢饉や旱魃があって生活が苦しかったため、よりよい生活を求めて韓国に移住する人々がいたからです。
第二次世界大戦以前、まだ中国共産党がなく、中華民国が中国大陸を統治していたので、ファギョは中華民国のパスポートを持っていました。その後、蒋介石の中国国民党(KMT)が主権を握ったため、第二次世界大戦後もファギョは引き続き台湾の非居住者用パスポートを持っているのです。韓国で生まれ育ったとしても、韓国の市民権を与えられず、韓国のパスポートを持てないんですね。
 
――在日の方々のシチュエーションとよく似てますね。クァンヤンは監督ご自身の投影といえるんでしょうか?
チャン監督:いえ、キャラクターの設定や背景は私とは違います。でも、映画の中で起こるエピソードのほとんどは、私の実体験からヒントを得たものになりますね。なので、クァンヤン役のホー・イェウェンの演技指導には私の経験が影響を与えています。
 
――キャスティングはオーディションですか?
チャン監督:メインの役を演じてくれた俳優たちはほとんどオーディションでした。この作品での私の目標は、できる限りファギョの現実をリアルに描くことだったので、ファギョ役にはファギョの俳優、韓国人役には韓国の俳優、台湾人役には台湾人の俳優を選んでいます。たとえ彼らが同じ言語を話していたとしても、話者のアクセントから社会的な背景が見えるようにしたかったから。
こういう細かなニュアンスが、映画の出来映えを大きく変えることだと思っています。ちなみに、クァンヤンはファギョの3世という設定ですが、演じたホー・イェウェンもファギョの3世。父親はファギョの2世なので、俳優もファギョの2世を起用しました。
通常、韓国ではファギョの1世は中国語しか話さず、韓国語は話しません。2世は韓国語を話せますが、それほど流暢ではない。3世以降はネイティブのように韓国語を話すことができます。アクセントひとつとっても、人物背景によってグラデーションがあるんですね。もちろんアクセントだけでなく、態度や服装も変わってくるんですよ。そうして言語だけでなく、考え方や話し方、演じ方の面においてもリアルを追求しています。
 
――それだけの設定でキャスティングされたのも骨が折れる作業ですが、脚本に関してはどうでしょう?
チャン監督:とにかく脚本がもっとも困難な作業でした。書くときはひとりきりですし誰も助けてくれませんからね。人の意見は取り入れるにしても、自分の作りたいものに忠実でないといけないので、書いているときは常に葛藤しました。何度も壁にぶちあたって、あきらめそうになっては、またパソコンの前に向かうという繰り返しで、3年ほどかかりました。
20稿以上、リライトを重ねて、ようやく完成したのがこの作品です。この企画は、タレンツ・トーキョーのネクスト・マスターズ・サポート・プログラムという、企画開発ファンドに応募して資金を得たんですが、その提出時のドラフトと完成版の脚本は全く違うものになっています。提出時のものは、クァンヤンを主人公にしたストーリーではあるんですが、3年かけている内に変更がたくさん入り、ストーリーも全く違うものになってしまったんです(笑)。
 
――日本のファンド・プログラムと韓国、そして台湾の3か国の支援を受けたことで、この作品ができあがったんですよね。
チャン監督:ものすごい幸運です。若い監督が長編でデビューするうえで、財政的な支援を受けることは本当に難しいことなので。ありがたいですね。
 
――それも才能なくしては得られなかった支援だと思いますよ。
チャン監督:私だけじゃありません。本当に才能あるスタッフやキャストのおかげです。彼らがいなかったら、たった21日間でこの作品を撮了することはできなかったでしょう。
 
――21日!?
チャン監督:当初は17日間の予定でした。90%は韓国で撮影し、残りを台湾で撮影したんですが、撮影は夏でした。両国とも台風シーズンで、悪天候からしょっちゅうスケジュールが延びてしまい、21日間になってしまいました。
 
――それでこの完成度で発表されたとなると、多くの人は次の作品への期待を膨らませてしまいますね。
チャン監督:長いことこの作品にかかりきりだったので、今は本作から自分を解放しようとしているところです。いわばリハビリ期間中。アイデアをメモしたり、短いストーリーを書いたりはしているんですが、まだ次のことを明確に考えることはできません。まずはリセットしないとね(笑)。
 
――でも、監督が持つ他にはないユニークなバックボーンは、きっと新しい題材になると思います。
チャン監督:いつになるかは分かりませんが、また自分になじみのあるテーマの映画を撮りたいと思っています。ファギョだけでなく日本の在日を扱ったプロットも書いているんですよ。彼らは私と似たような状況にありますし、それぞれが違った問題や困難を抱えています。私の友達にはファギョはもちろん、在日の人が多いので、そのふたつのグループの映画が撮れたらいいですね。
 
 

インタビュー/構成:よしひろまさみち(日本映画ペンクラブ)
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