東京国際映画祭公式インタビュー 2020年11月4日
『バイク泥棒』
マット・チェンバーズ(監督/脚本)
ロンドンで暮らすルーマニアからの移民の男は、ピザの配達で家族を支えているが、生活苦は増す一方。ある日、命綱のバイクを盗まれてしまう――。これが初めての長編作品となるマット・チェンバーズが、厳しい暮らしを強いられている移民たちの日常を浮き彫りにする。ロンドンの街並みをリアルに捉えたヴィヴィッドな映像、シンプルなストーリーテリングを貫き、移民排斥、ブレグジットを抱えるイギリスの生の姿を画面に焼きつけている。
――作品のそもそものアイデアはどこから始まったのですか。
マット・チェンバーズ監督(以下、チェンバーズ監督):私の恋人が、ロンドンに住む移民家族を支援する慈善活動をしていました。ちょうど私は『スター・ウォーズ・ストーリー』シリーズの『ハン・ソロ』と『ローグ・ワン』の製作に関わっていて、帰るたびに彼女から移民の苦境を聞かされていたのです。
最近イギリスでは、移民とイギリス人との間の理解が希薄になり、敵対するような状況です。お互いに対して思いやりを持つようにと、この映画を作ることに決めました。
――脚本はシナリオコンペの“Brit List”にも選ばれていますね。
チェンバーズ監督:最初は骨組み、枠組みを決めていただけで、具体的にはまったく決めていませんでした。移民はこうだというような決め付けはしたくなかったのです。枠組みを決めていて、アレック・セカレアヌを主役に決めた時点で、彼の母国であるルーマニアからの移民に設定しました。『ゴッズ・オウン・カントリー』の彼の演技は圧巻です。セリフを語らなくとも感情を表現する。次世代のロバート・デ・ニーロと思っています。
――主演を決めてからルーマニア移民に設定したわけですか。
チェンバーズ監督:アレックを中心にして移民の特徴とか、家族構成とかを決めていきました。妻の役はキャスティングディレクターの頑張りで『4ヶ月、3週と2日』のアナマリア・マリンカに決まり、ふたりと何度も話し合い、リハーサルを重ねて脚本を練り上げていきました。ルーマニア語に関しても、言い回しやイディオムはアレックに教わりました。
――イギリス自体は今や多民族国家で新移民への反感はあると思いますが、ルーマニア人に限ったことではないのですね。
チェンバーズ監督:イギリスは多民族国家で比率も移り変わっています。国籍には拘らず、本当に普遍的な、どの世界にも通用する話にしたかったのです。移民の仕事は安く、休みなく稼がなければいけない状況にあります。ここではピザの配達ですが、この仕事は特にルーマニア人が多いというわけではありません。
――街のロケーションが素晴らしかったと思いますが、撮影にあたって苦労されましたか。
チェンバーズ監督:映像がよかったといわれると嬉しいですね。ロケは時間とお金と天気です。ロンドンの悪天候には悩まされましたが、撮影監督が頑張ってくれました。ステレオタイプ的なロンドンではなく、リアルな街にしたかったのです。
――主人公と妻以外のキャスティングはどのように決めていきましたか。
チェンバーズ監督:娘役は、ルーマニア人でありながら、英語もちゃんと喋れる設定なので苦労しましたが、オーディションでアレクシアマリア・プロカを選びました。ビクター役のルシアン・ムサマティは昔から彼の舞台と映画のファンだったのでお願いしました。
――タイトルですが、ヴィットリオ・デ・シーカの名作『自転車泥棒』を想起します。
チェンバーズ監督:ええ、『自転車泥棒』にヒントを得ています。素晴らしい名作を超えられるとは思っていませんが、作品の精神を継ぎたいと考えました。終戦直後のイタリア社会を活写するという意図を受け継いで、多文化のロンドンに置き換え、不平等や貧困は80年経っても変わらないことを描きたかったのです。
――ここで監督がいかにして映画という表現を選ばれたか、その経緯を伺います。
チェンバーズ監督:昔から映画しかありませんでした。義理の叔父、クリス・ロスが映画のカメラマンなので、最初はカメラマン志望でした。僕が大学生のときに書いた脚本を叔父が読んで、脚本家か監督になれといったのです。
昔から本当に映画オタクで、例えば『ファーゴ』を1ヶ月毎晩観続けて、1週目はカメラワークに注目。次の週は編集のポイントで観るみたいな、映画の見方をしていました。映画学校には行かずに、そのやり方で映画を学びました。
――ブレグジット後のイギリス、移民たちはどうなるとお考えですか。
チェンバーズ監督:ブレグジットのあとのことは誰にも分かりません。難民や移民にとっては、すでにイギリスは魅力的ではなくて、故国に戻る人もいるぐらいです。イギリスは本当に心の狭い国になってしまいました。移民を排斥すれば、イギリスが甦ると単純化して、真の理由を考えようともしません。
――その上にコロナ禍の問題も降りかかってきました。
チェンバーズ監督:コロナは映画産業にとっては大変な打撃ですね。例えば『ジュラシック・ワールド/ドミニオン』の製作も、止まっては撮影、止まっては再開を繰り返しています。むしろ映画という表現を考えるときに、コロナ禍はいい機会ではあったのかなと思います。
今回の東京国際映画祭は、開催したということが素晴らしいことだと思っています。みんなで一緒に映画館で観るというあの経験が非常に大事なのです。
――最後に新作のご予定をお聞かせください。
チェンバーズ監督:実は今2本目の長編に取り掛かっています。カナリア諸島を舞台にしたロマンチック・スリラーです。テーマは本作と似ていますが楽しい映画になるはずです。